マイペースはハイペース(つくばマラソンレポートその3)

つくばマラソンのようなマンモス大会だと、ランナーは事前に申告した「予想ゴールタイム」ごとにA〜Hにブロック分けされ、ブロックごとの時差別スタートになります。フルマラソンの制限時間は5時間50分。私の申告タイムは制限時間ギリギリの「5時間半」。一番後ろのHブロックに振り分けられました。ketketさんもHブロック。彼は10kmもハーフもかなりの好タイムで走れるので、もう少し前のブロックでもいいと思うのですが、初フルマラソンで慎重になっているのかしら。PAPIさんは私たちよりひとつ前のGブロックです。


ラソンレースの会場を初めて見るオットは物珍しそうにあちこち歩き回り、「やっぱりAブロックとHブロックのランナーでは体型がまったく違うね。アルファベットの順番に締まりがなくなってくる」などと失礼なことを言います。緊張で口もきけずにいる私を気遣うこともなく「ゲッツはどこだゲッツは」とゲストランナーのダンディ坂野を探していました。9時30分、遙か遠くのAブロックのあたりでスタートの号砲が聞こえました......が、なにせ私はHブロック。スタートラインを越えるまではまだまだかかります。ドキドキしていると、ケータイに続々と「頑張ってね!」メールが届きます。そうか、今日のマラソンのことあちこちで吹聴したからみんな気にしてくれてるんだ。みんなの応援にこたえるためにも最後まで頑張りたいなあ。ゴールしたいなあ。Aブロックに遅れること10分。ようやくHブロックが動き出しました。スタートラインが見えた!さあ、いよいよ42.195kmの長い長い旅の始まりだ〜〜!!


ラソンで最も重要なのは「ペース配分」なんだそうです。体に負担のかからないスピードを見極め、そのペースを終始保つこと。マイペースを守りとおすことさえできれば、急激な疲労や故障などのアクシデントもなく、終始安定したレース運びができるのだとか。口で言うのは簡単ですが、これを実行するのは難しい。やはり大会になると興奮するし、周りのランナーにつられもするしでどうしてもマイペース以上のスピードで飛ばしてしまい、後半バテバテで失速......というのが初心者が一番陥りやすいパターン。周りに惑わされず、終始一定ペースを守りましょう。と、どのランニング入門本にも書いてあります。普段の練習だと、私が一番ラクに気持ちよく走れるのは1km7分前後。フルマラソンでは普段のペースよりゆったりめに設定すると後半までエネルギーを温存できるので、1km7分20〜30秒くらいのペースを守れば、申告通り5時間半でゴールすることができるはずです。


頭の中で「7分20秒、7分20秒」と念仏みたいに唱えながら慎重に走り始めました。が、沿道には大勢の人が旗を振りながら「頑張って〜」と応援してくれるし、地元小学生のダンスとかあるし、自衛隊ブラスバンドとか出てるし、これでコーフンするなっつーのが無理。しかも、スタート直後は集団が団子状態で、とにかくこの人混みから抜け出したいという思いでいっぱいで知らず知らずにスピードが上がってしまいました。1km走ったところでラップタイムを確認したら7分ジャスト。まあ、あの喧噪の中ではペース保ててる方かしら。


筑波大学の構内を抜け、一般道に出るとようやく集団もバラけてきました。いままで緊張とコーフンで周りの景色を見る余裕などなかったのですが、ふと目を上げるとこれ以上ないくらいの秋晴れの空。紅葉の筑波山がくっきりと見えます。暑くもなく寒くもなく、風も吹いていない、絶好のマラソン日和。ここへ来てようやく、「ああ!気持ちいい!」と思える余裕が出てきました。5km地点で給水。のどはまったく渇いていないけれど、いつ何が起こるかわからないから水のあるところでは全部飲むことにしています。ボランティアスタッフの方々の「頑張ってくださいね〜♪」という笑顔に「ありがとう!頑張ります!」と笑顔で応えて、足取りも軽く走り続けます。


――って足取り、ちょっと軽すぎないかな?10km地点でタイムを確認すると、06'10''/km。ちょっと早すぎ! でも、息も全然上がっていないし、足も元気。なによりすいすい走れて気持ちがいい。せっかくいい感じでここまで来たんだもの。気持ちよく走れる今のうちに距離を稼いでおこう。――、フルマラソンの序盤って、ビギナーはみんなそう思うらしいです。思いのほか快調で調子に乗ってペースあげちゃうんですよね。この思い上がりが後々地獄を見るとも知らずに。


15km過ぎたあたりで早くも折り返してきた先頭のエリートランナー集団とすれ違いました。速い!あの勢いでもう20km以上走ってきたのか。いったいどんなカラダしてるんだろう。それからしばらくすると、大勢の一般ランナーが続々と折り返してきます。その中にketketさんの姿も。なんだよおい、もう折り返し?すごいね! お互い調子良さそうだね! 私ももうすぐ折り返しだよ〜。


スタートから2時間20分で折り返しです。この間、一度も歩かず立ち止まらず、終始軽やかペースでハイテンションなことこの上なし。レース前にあれだけ心配して緊張しまくっていたのにこの時点では「ふふふ......フルマラソン、恐るるに足らず。この調子で行けば5時間切りは確実ね!私って実は本番に強いタイプだったのね」と調子こいていたのです。この時までは......


折り返してしばらく過ぎると、棄権したランナーを乗せる収容バスが見えました。つくばマラソンは2か所関門があって、制限時間内にこの関門を通過しなければ棄権となりこの収容バスに載せられてしまうのです。私もこの関門に引っかかるんじゃないかとかなり心配だったのですが、まずはクリア。ああよかった。相変わらずテンション高いまま25km通過。トレーニングやレースでハーフマラソンの距離までは走ったことあるのですが、そこから先は未知の領域。まだ走れてます。足取りもまだ軽く......


......いや、軽くないっ!さっきから一歩踏み込むたびに足の裏に鈍痛が走るようになりました。ずーっと同じ姿勢で走っているせいか腕と肩がバキバキにこり始めています。昨夜PAPIさんが「レース中はこまめにストレッチを入れないとカラダが固まりますよ」とおっしゃっていたのを思い出してガードレールを利用してストレッチをしました。やってみると自分の想像以上にあちこちの筋肉が固くなっているのがわかります。ちょっと伸ばすと音を立てて「ぎゅいーん」と伸びる感じ。走り始めて2時間半。ずっと同じ姿勢でカラダを揺らし続けているんだもんな。


再び走りはじめたのですが、足はどんどん重くなります。足の裏だけだった鈍痛が、脛、膝、股関節、腰と、どんどん広がっていきます。さっきまで「おっ! もう○○kmも走ったんだ」と思いながら見ていた距離表示の看板も「26km地点ってあとまだ16kmもあるの?」「27kmって、さっきからまだ1kmしか進んでないの?」「やっと30kmだけど、あと12kmも走らなきゃいけないの? 嘘でしょ?」とか思ったりして、そのうち「あと○○km」という単純な引き算も出来なくなってくるくらい頭がモーローとしてきました。折り返し地点までは7分前後で走れていたのが、このあたりからは8分、8分半とじりじりとスピードが落ちています。そうこうしているうちに2か所目の関門通過。ようやく「収容バスの恐怖」からは解放されました。しかし、手足はどんどん重く硬直してきます。そのうち、左足がひくひくと痙攣しはじめました。ヤバイ、このまま走ったら確実にどっかの筋を切っちゃう! 


それからは左足をかばいながら走ったり歩いたりを繰り返し。このあたりだと周囲のランナーもほとんど歩いていました。でも、ゆっくりゆっくりながらも歩かず走り続けている人もいます。きっと絶対に歩かない!って決めているんだろうなあ。かっこいいなあ。私もどれだけ時間がかかってもいいから歩かず「走って」ゴールしたかったのに......。やっぱり前半に飛ばしすぎたツケがまわってきてるんだ。きちんとマイペースを守っていればこんなにボロボロにならなかったはずなのに......。


悔やんでも後の祭り。少しでもカラダのダメージを減らすために、1kmごとにストレッチ休憩を入れ、すべての給水所で水やあんパンを食べ(ボランティアスタッフのみなさま、ほんとうにありがとうございました!)、鉛のようになったカラダを引きずりながらよたよたと進みます。さっきまでさんさんと輝いていた秋晴れの太陽がだいぶ西に傾いてきた頃、ようやくゴールのある筑波大学が見えてきました。見えただけで、まだまだ遠い......。あとどんだけ〜〜〜〜!!! 


......しつこくしつこく続く。次回はやっと最終回。