ズバリ言われたくないわよ!

本日、ワタクシのプチ殺意を喚起させたのはこのお方、細木数子センセイです。


最近、やけにもてはやされてるようだけど、いったい何なの、この人?
恋愛や結婚生活の悩み、芸能界で出世する方法、などなど、いちいちこのオバサンにお伺いを立ててそのご意見を珍重する番組がずいぶん増えて、今日たまたま「幸せって何だっけ」っていう番組を見ちゃったんだけど、ほんとムカムカする内容だった。酒が不味くなった(←晩酌してた)。


ねえねえねえ、このオバサンのどこがいいの? なんでこの人の言うことをそんなにありがたがるの? 言ってることは、科学的根拠ナッシングの無責任な断言・放言、病気になるわよ、とか貧乏になるわよとか不吉な「予言」をして相手を萎縮させて、無理矢理自分の主張をねじ込むやりかた。自分の予言が外れたときはすべて「本人の努力が足りない」で済ませるし、人生相談もどきのお説教は、100万回は言い尽くされた陳腐な人生論に過ぎない。今日観ていた番組では、松村邦洋に向かって「バランスの取れた食生活をしなさい!」とご託宣たれてたけど、そんなの、あんたじゃなくっても、ニッポン中、みーんなそう思ってるって。


なにがきっかけでブレイクしたか知らないけど、ほとんど面識もない個人をつかまえて、育った環境、これまでたどってきた人生、誰を愛し、何を目指している人なのか、なんもなーんも知らないくせに、その人の運命や恋愛や性格やあまつさえ寿命までも断言、限定し、「あんた、だからダメなのよ!」と、罵倒・叱責する。な、なんで、こんなオバハンに人生決めつけられなきゃならんのよ。怒られなきゃならんのよ。バカにしないでよ!


......と私だったら思うのだけど、世の中には、こーゆー、意味なく威張り腐っている輩の罵詈雑言をありがたがって拝聴し、叱責・罵倒をうけることに無情の喜びを見いだす、マゾ的体質の人が多いらしい。そのせいあってか、ゲーノー界では、この手の放言オバハンが大人気である。デヴィ夫人野村沙知代(「失脚」したけど)、和田アキ子......etc、etc。どいつもこいつも、言ってることはほんとに陳腐。邪推や憶測満載、あからさまな偏見と固定観念に充ち満ちた放言を、自信満々・居丈高に「ズバリ」もの申しちゃっている。言いっぱなしで責任とらなくていいんだから楽なモンである。


まあ、テレビのワイドショーやバラエティ番組などで、ああだこうだ言ってる分にはまだいい。最近はこーゆー言いっぱなしスタイルが、政治の世界でもまかり通っているんだからほとほとイヤになる。どっかの都知事の定例記者会見なんかを見てると、断言・放言を自分のウリとして十分認識した上で、インタビュアーを萎縮させるツールとして使っているから始末に悪い。だいたい、公の席でこれほど「バカ」だの「アホ」だの多用する知事も珍しいし、話の半分くらいは特定の国家・党派への「悪口」だ。また質問する記者が情けないんだ。論理の矛盾をつかれても、言ってることのつじつまが合ってなくても、ギロッとにらまれて、(時には名指しで)「馬鹿なこと聞くんじゃない!」と一喝されれば、記者は( ´・ω・`) ショボーンと黙り込んでしまう。ああもう! ほんとにじれったいなあ。最近のジャーナリストはほんとにひ弱だ。


なのに、なのに、人気あるんだよねえ、こういう「いばりんぼさん」たちが。なんで、なんで? みんなそんなに叱られたいの? 決めつけられたいの? 「だからダメなのよ!」って頭から否定されて、腹立たないの? ろくすっぽ人の話は聞かないくせに自分の論だけごりごり主張する年寄りに言いたい放題されて、ムカムカしないの? 


無闇にエラそうにしている人を見ると反射的にムカツクのって、人間の自然な心理だと思っていたんだけど、そうでもないのかな。あんなジジババに言いたい放題されて、どうして従順でいられるんだろう。もうちっとさ、血液に「OZAKI」エッセンスを注入しようぜ。何をえらそうに! あんたナニサマ? って啖呵きって椅子をばーんと蹴倒そうぜ! 夜の校舎窓ガラス壊して回ろうぜ! 盗んだバイクで走り出そうぜ! 僕らは腐ったミカンじゃないんだぜ! だんだん話ズレてるぜ!