おかわり

オットと二人でレトルトカレーの昼食。半分くらい食べたところで、オットが「あ、配分間違えた。ルーがだいぶ残っちゃったや」と言うので、私が「炊飯器にもう少しご飯残っているよ」と言ったら、「お、そうか、ちょうどいい。じゃ」と私に皿を差し出した。
いつもなら、ここで「ほいよ」とその皿を受け取ってご飯をよそってあげるんだけど、よんひゃんさん経由http://www.yhlee.org/diary/?date=20040920#p02で読んだ「夫婦の家事分担」や「家事と愛情」などのテキストが頭にあったせいか、ちょっと引っかかってしまって「自分でよそってよ」と言ってみた。オットは「あ、そうですか、ハイハイ」と少し決まり悪そうに自分で「おかわり」のご飯をよそったが、その姿を見て、なんか、自分がすごく冷たいツマになったような気がしてしまった。理屈で考えれば、ツマの私だって食べてる途中なんだから、自分で食べた分の「おかわり」くらい、自分でよそえば? 歩いて何歩もない距離だし。ってことで、私がなんら罪悪感を感じるいわれはないはずなんだけどね。
みなさんの家庭では、食事の際の「おかわり」はどうしてます? よそってあげてる?

ちょっと補足すると、うちのオットは、「おかわり」の皿は私に差し出すけど、家事はかなりマメに手伝ってくれる方で、私は彼に家事の面で不満を感じたことはほとんどない。しかし、オットが家事を手伝って「くれる」のが「ありがたい」と思っちゃうっていうのも、「本来はツマである私の仕事なんだけど、オットが『わざわざ』手伝ってくれてるのよね。ありがたいわ〜もうしわけないわ〜」という考えがベースにあるんだろうなあ。本当に「家事は公平に分担」が「当たり前」だったら「手伝う」とか「やってあげる」「やってもらう」なんて言葉、出てこなくていいいはず。だけど、なかなかそうも割り切れない。お皿洗ってもらったら「悪いね」「ありがとう」と言わなきゃいけないような気がする。実際、必ず言うし。私がフツーにお皿洗ったり、掃除したり、洗濯しても「ありがとう」って言ってくれる人はいないけどね。まあ、その辺を突き詰めて考え出すと「理不尽だ!!」と、不穏な方向に思考が飛びそうな気がするので、曖昧にしておくのがお互い円滑に過ごすためのカギかもしれない。曖昧にしておくと果てしなくつけあがる男も多いんだろうけど。