賃上げ闘争準備

私のバイト先は某イタリアン・レストラン。席数32。通常スタッフは、厨房2名・ホール2名。私は開店準備とランチタイムの10時から2時までの勤務で、もう1人のホール要員は、12時から3時まで、ランチタイムとランチ終了後、いったん店をクローズして後かたづけをするまでの勤務である。時給は平日800円、日・祝祭日は50円アップの850円になる。


バイトは私以外はほとんど大学生。平日のランチタイムに常時働けるのは、専業主婦の私くらいで、あとは曜日ごとに3,4人の学生が交替で入る。


学生バイトのシフトは不安定だ。理系の学生が多いので、「実験が長引いて......」「ゼミの発表が近いので......」などの理由で突然休むことが少なくない。そんなときはオーナーに「今日はホールはとこりさん1人なんだよ。悪いけど残業してくれる?」と頼まれるので、ランチタイムの間中、1人であたふたと走り回り、しかも、1時間残業する羽目になる。1時間の残業くらいどうってことないけど、昼食抜きで3時まで働くのはやはりキツイし、32席のホールを1人で仕切るのはかなり疲れる。


さらに、最近、卒論の準備や就職活動などで平日のランチタイムにシフトを入れる学生が極端に少なくなってしまった。朝、「おはよーございまーす」と職場にはいると、オーナーが「悪いね、とこりさん、今日も1人なんだ。残業、大丈夫?」と言われる。私が帰ってしまえば、ホールには誰もいなくなるのがわかっているのに「いいえ、帰ります」とは言えない。後に切迫した予定もないので、「あ、いいですよ」と引き受けはするものの、内心「勘弁してくれよ〜」と思っているのだ。


この店で働くようになって半年。だいぶ仕事にも慣れてきて、ホール私が1人になっても、パニックに陥らず、なんとかかんとかこなせるようになってきた。それでも、忙しい時にはトイレに行くヒマもないくらいだし、帰ると足がガクガクする。


最初の頃は「悪いね、とこりさん、今日も1人なんだ。残業してくれる?」と、申し訳なさそうだったオーナーも、最近は「あ、とこりさん、今日、1人だから」と、さほど悪いとも思っていない様子。ここんとこ客足が落ち着いてきたので、ホールが私1人でもけっこうやっていけることがわかって余裕かましているんだろう。


しかし、私は釈然としない。なんか、いいようにこき使われている気がする。そもそも最初の契約では平日の昼間、4時間という話だったんである。バイトが足りなくなったから、<急遽>、残業してくれる? というのならわかるけど、最近は「ホール1人でも大丈夫」という暗黙の了解ができてしまったようで、「平日昼間はとこり1人」がデフォルトになっている様子。オーナーにとってみれば、人件費削減になっていいのかもしれないけど、私にしてみれば、予定外に勤務時間が増えるし、仕事内容もハードになるしで、ぜんぜんありがたくない。


そこで、私は考えた。ここは賃上げ要求をするべきではないのか?
私の現在の時給は800円。これは比較的客足がゆるめの平日の昼間のランチタイムを、バイト2人で働く際の労働条件としての対価としての800円だろう。これが日曜・祝祭日に50円アップになるのは、平日より客が入る繁忙日で仕事量が増えるためだろう。


しかし、現在の私の労働条件はどうか。契約とは違う4時間のバイト時間を5時間に延長され、しかも、本来は2人で受け持つべきホール業務を1人でこなしているのである。仕事量としては、繁忙日のランチタイムと同等、いやそれ以上かもしれない。


このまま、平日の昼間、ホールで働くのは私1人、という状態が長く続くのであれば、繁忙日と同じ850円の時給を要求してもお門違いとは言えないんじゃないだろうか? 平日、時給800円のバイトが2人、それぞれ4時間ずつ働けば、人件費は3200円×2=6400円。私が時給50円アップを要求して、時給850円で一日5時間働いても、850円×5=4250円、2人で働く際の人件費よりははるかに安いではないか! 私だって「なんだかな〜、いいようにこき使われてる感じがするな〜」と思いながら5時間1人で働くよりも、労働条件に見合った時給をもらえれた方が機嫌よく働ける。店にとっても、私にとっても、悪い話じゃないと思うけど。よし、明日こそ! オーナーに賃上げ交渉するぞ! 要求をのませるまではデモもストも辞さない方向で! 


悲しい歌 うれしい歌
たくさん聞いたなかで
忘れられぬ一つの歌
それは仕事の歌
忘れられぬ一つの歌それは仕事の歌
ヘイ この若者よ
ヘイ 前へと進め
さあ みんな前へと進め〜〜〜


と、幼い頃、父の背中で聞いたロシアの古い労働歌(笑)を胸に響かせ、いざ、出陣!――しようとするものの、やはり、「たかが50円ぽっちの時給でガタガタ言うなんて、うるさいおばちゃんだな、セコイ奴っちゃ」「そんなに金が欲しいか? そんなに働くのがイヤなんか?」「とこりさんって、なんかややこしい人」と思われやしないか、と思うと、どうしても腰がひけてしまうんですう。それに「時給50円アップしてください」なんて生臭い話を、カドを立てずにナチュラルに切り出せる自信がない。これを言ったがために、職場の雰囲気が悪くなったりしたら働きづらくなる。やっぱり、お金にこだわらず、ニコニコ笑って無心に働いていた方がいいのかなあ。たかが50円ぽっち時給が上がったところでどうということもないんだよね。


――と、小心者でええかっこしいの私は、そんなことばかりウジウジ考えて、結局、毎日「勘弁してくれよ〜」と思いながら「今日もホール1人? 残業? かまいませんよ〜やりますよ〜」とヘラヘラ働いてしまうのである。


ああ、あの闘争心はいずこ。私のレジスタンス魂は不完全燃焼である。労働者に明日はないのか? やっぱり、こういう労使交渉は団体でやるべきよね。というわけで、私の労働条件改善のためにともに立ち上がってくれるパートタイム同志を急募! 時給700円でどう?


ここを読んでいる方で労働法規に詳しい方がいらしたら、教えてください。私のこの賃上げ要求は妥当でしょうか? 私の言ってること、おかしいかしら?