隣の会話

大学の時の友人と食事をしていたときのこと。
彼女がトイレに立って、1人残ったテーブルでちびりちびりと日本酒を飲んでいたら、隣のテーブルに座っていた大学生らしきカップルのこんな会話が聞こえてきた。


「はい、これ、ミキちゃんの分。あ、そのお皿も貸して。取り分けてあげるから」
「どうしたの? スズキ君、今日は妙に優しいね」
「え? 俺、いつもこうだよ?」
「ううん、スズキ君って、いっつも、あんまりしゃべらないし、ちょっと怖い人かと思っていた」
「そう? まあ、俺って誰にでも優しいわけじゃないんだよ。俺が優しくするのはミキちゃんだけ」
「そうなの?」
「そう、ミキちゃんだけ」


うわ〜、聞いちゃった、聞いちゃった、ラブラブ会話、聞いちゃった。なんだよ、スズキ君、なーにが「俺が優しくするのはミキちゃんだけ」だよ! よくもまあ、ぬけぬけと。アンダーハートがルックルックじゃないかよ。どうせ、店出たあと、どこで一夜を過ごそうかとか、そんなことしか考えていないくせに〜〜!


この2人、まだ恋人同士ってワケじゃないんだろうけど、この夜をきっかけにしてつきあううことになるのかもしれないなあ。てゆーか、明日は「夜明けのコーヒーの仲」(←古!)になってるのかも?


友人が戻ってきたので、早速報告。


「ねえねえ、隣の席のカップルがさあ、『どうしたの? 今日は妙に優しいね』『俺が優しくするのはミキちゃんだけだよ』とかなんとか、ふざけた会話をしてるんだよう!」
「あらそうなの? かわいいね」
「なんだよなんだよ、自分たちばっかりいい思いしちゃってさ。言っときますけど、私、生まれてこの方『ボクが優しくするのは君だけだよ』なーんてセリフ、言われたことないですから! この先もきっとないですから! ったくもう、腹が立つなあ! なんなのよ、いったい! 世界には自分たち2人だけしかいないとでも思ってるんじゃない!? ミキちゃんもミキちゃんよ、ぽーっとアホ面さらしちゃってさ。どうせ、スズキ君は一発ヤルことしか考えてませんから! 勘違いしないようにね!」


一気にまくし立てる私を様子を見て、友人はシミジミと言った。


「ほんとに、とこりのそういう所、学生の頃から全然変わってないのね。妬いてるんでしょう?」
「だってさ、あーんなブサ○○のミキちゃんですら、そういうラブラブなこと言われるのに、どうして私にはそういう機会がないの? どうして私はいつも邪険に扱われるの? 一度くらいメロメロに甘い愛の言葉とか言われてみたいわよ、言われてみたいでしょ?」
「いやーよ、そんなベタなシチュエーション、10年前に卒業よ。いまさらヘラ男にそんなこと言われたって気持ち悪いだけだもん」


ふーん、あなたは10年前に卒業できたからいいわよね〜。


私も一生に一度くらい、あーんな歯の浮くようなセリフ、言われてみたいわ。そーゆー「女のヨロコビ」を知らないまま、このまま朽ち果てていくのかと思うと死んでも死にきれないわよ、ホントに......よよよ......。