好意の行為

食べ物でもモノでも、私は、人に何かをプレゼントするときに、どうにもこうにも力が入りすぎていかん。「これね、あなたが喜ぶと思って一生懸命探したの。いいでしょう? うれしいでしょう?」と(口には出さないまでも)、一種の押しつけがましい雰囲気をまとってしまうのが自分でもわかる。


別に恩を売っているつもりはないんである。ただ、サービス精神がちと過剰なのと、根っからの芸人根性の持ち主ゆえ、自分の言動に対する明確なリアクションが欲しいから。だから、人に何かプレゼントするときは、なるべく私の見ている前で開封して欲しい。受け取ったあなたの喜ぶ顔が見たいのよ。うっとうしいかもしれないけど、それがこらえ性のない私の、偽らざる本音だったりする。


相手がそれと気づかないうちにそっと手渡し、何食わぬ顔で立ち去り、あとでお礼を言われても「喜んでもらえてよかったわ」とさらっと返すのがオトナだし、ずっとスマートだ。わかっているんだけどね......。


学生時代の先輩からこんなエピソードを聴いたことがある。

 
その先輩(女性)は学生時代、学内外でも有名なある教授が主催する和歌の研究会に所属していた。
 
その教授はものすごく厳しい指導をすることで有名な人で、その指導の激烈さに耐えきれず挫折した学生も多かったという。しかし、ただ厳しいだけではなく、これと見込んだ学生にはほんとーに骨身を惜しまず親身になって世話をしてくれたそう。その人柄と学識の広さに惹かれた学生達からカリスマ的な人気を誇っていた。

 
さて、その研究会で熱心に勉強していた彼女だが、ある時期から家庭の経済事情が急激に悪くなり、満足な仕送りが期待できない状態となってしまった。そこでやむを得ず、学費や生活費のほとんどをアルバイトの給料でまかなっていたそうだ。生活は非常に苦しく、欲しい本も洋服も満足に買えない切ない日々が続いた。しかし、そんなつらさはおくびにも出さず誰にも愚痴をこぼさず、ひたすら勉学にバイトにと励んでいた彼女。イマドキ珍しい苦学生だったのでした。

 
そんな彼女にその教授は時折、

 
「そういえば、君は――という本を持っていましたね。ちょっと急ぎで要りようなんだが、あいにく手元に置いていないので、少しの間貸してくれませんかね?」

 
と彼女の蔵書を借りたんだそうです。そして2,3日してから

 
「どうもありがとう。助かったよ」

 
と返してくれるのだけど、その時、返してもらった本の間には必ず一万円札の入った封筒が挟まっていたんだとか。

 
「先生は、めったなことでは学生達とプライベートな話をする人じゃなかったし、私も恐れ多くて勉強のこと以外で先生と会話することなんてあまりなかったのよ。本を返してくれたあとだっていつもと同じでぶっきらぼうで厳しくて。お礼を言ってもまったく気に留めない感じで。でも、先生は口や態度には出さなくてもちゃーんと私たち教え子の生活や心の中のことまで心配してくれて、私たちが負担に思わない程度に援助してくださっていたのよね。ほんとにほんとにありがたかった」
 

その時のことを思い出すだけでじーんとする。と彼女は言っていた。その先輩は私よりかなり年上で、彼女が過ごした学生時代は、教師と教え子の密度というようなものが私の頃よりはかなり濃かったのだろうが、実に美しいエピソードである。


しかし、私と一緒にその話を聞いていた別の先輩(こちらは男性)は、しばらくあとになって
 
「ねえ、とこりさん、とこりさんは、彼女の先生の話、どう思った?」

 
と訊いてきた。

 
「ああいう気づかいのできる人っているんだなあって思った。素直に感動した」

 
と答えると、

 
「感動したか……。そうかなあ。僕はそういう気づかいって、かえって尊大でイヤらしいと思ったけどなあ」

 
と言ったのだった。

 
かえってイヤらしいと思う……この言葉を聞いたときは、世の中にはずいぶんへそ曲がりなとらえ方をする人もいるんだなあ、と感心したものだが、今になってつらつら思い返すに、「かえってイヤらしい」と言った彼の気持ちもわからなくはない。


この先生の行為は、とてもさりげなくて、スマートだ。スマートすぎるのだ。ちょっと凝りすぎ。美意識とプライドでがちがちに固まっているようにも感じてしまう。学生にさりげない気遣いを見せるスマートな私、という自分に、ちょっと気持ちよくなっているんじゃないかしら? もっとあっけらかんとふつうに好意を発露してもいいんじゃないかなあ。


 
「今、生活苦しいんだろ? ホラ、これ。ある時払いの催促なしだ。とっておけ!」

 
と裸の一万円札を財布から出して直接手渡してくれた方がすっきりしていていいかも。今の私なら、そういう先生の方がずっとつきあいやすい。だいたい、お礼を言う隙も与えないなんて、そっちの方がずっとプレッシャーだよ。


まあ、学生の頃の私は(いまもそうだけど)恐ろしく不真面目で生意気でかわいくない学生だったので、助けてくれる先生なんて一人もいなかっただろうけど。

 
それよりも気になるのは、本の間に挟んだ封筒の存在に学生がいつまでも気付かなかったらどうするんだよ、ってこと。気付かないまま古本屋に売っちゃったりして。