心して着ろ

5年前からかかりつけにしている皮膚科は、かなりの繁盛店です。いや、商売をしているわけじゃないんだから繁盛店といういい方は正しくないかもしれないけど、雰囲気がちょうど「行列のできるレストラン」みたいなのです。ゆうに30台は停められる駐車場がいつも満杯で、「第二駐車場はこちら」「第三駐車場はこちら」と看板が立っていて、その第二、第三駐車場もいつも一杯。なんでも子どものアトピー治療ではちょっと有名なお医者さんらしく、ずいぶん遠くから足を運ぶ人もいるそうです。


待合室にはいつも大勢の人がひしめいていて、「山田さん、2番です」「鈴木さん、3番です」とマイクで患者を呼ぶ声が分単位で流れています。ドクターが一人しかいない個人経営の医院のはずなのに総合病院なみの慌ただしさ。患者さんは呼ばれてものの1分もしないうちに診察を終えて出てきます。まあ、皮膚科だからちらっと診ただけで症状や治療法はわかっちゃうんだろうけど、それにしてもスピード診療だよなあといつも感心します。あれくらい効率よくみないとこれだけの患者はさばけないんでしょう。


繁盛店、じゃなかった繁盛医院は、さすが待合室も豪華です。天井から大きな液晶テレビがぶら下がり、トイレはもちろん最新式便座ウォーマー付シャワートイレ。パウダースペースや授乳スペースまでついています。医院の奥はおそらくドクターの住居で、ごっついベンツが2台停まっていました。税金対策か? 言っておくけど、私はこの病院では5年来のお得様。あのベンツのガソリン1リットル分くらいは私の医療費なのよ、心して乗るように。


さて、待合室のマガジンラックには「文藝春秋(月刊)」「ゴルフダイジェスト」「サライ」そして「家庭画報」などのお上品なコンサバ系雑誌のバックナンバーが置いてあります。さすが、繁盛医院のマガジンラック。おそらくドクターおよびドクター夫人が毎月ご購読遊ばされている雑誌をリサイクルしているのでしょう。間違っても「週刊ポスト」や「SPA!」なんてパンピー仕様の雑誌なんておいてないのです。


私はこの医院に来ると、必ず「家庭画報」を読みます。この雑誌、掲載されている情報があまりにもおセレブすぎてまったく実用性がないうえに、すごく持重りがするので、普段は立ち読みすらしないのですが、待合室なんかにあるとこれ幸いと読みあさり、セレブマダムのエレガントなライフスタイルをのぞき見しちゃったりするのです。


この日読んだ「家庭画報」は「クリスマスはグラン・メゾン(美食の殿堂)で」という特集で、三田寛子中村橋之助夫妻がトゥール・ダルジャンかなんかでクリスマスディナーを食べているグラビアでした。そう、「家庭画報」はモノホンのセレブ雑誌。「伝統」とか「格式」が大好きです。いくらセレブ御用達とはいってもホリエモンやクラブ愛の社長などの成金は出てこないのです。歌舞伎俳優や指揮者や元華族や、そういう、「芸術系・格式系の金持ち」が好きなのです。ふーん、三田寛子なんてアイドルとしては全然パッとしなくて、「いいとも」で不味そうなお菓子とか作ってたくせに、歌舞伎俳優と結婚したらすっかりセレブ気取りよね〜なーにが「さすがトゥール・ダルジャン、いつ訪れてでも期待を裏切られることはありませんね」だよ、けっ! とかなり下品なことを考えながらページをめくっていました。


するとファッション特集で「ちょっとしたお出かけ用に......気軽に着られる冬のコート」というキャッチコピーが。そうそう、私ってちゃんとしたコート持っていないのよね。コートは何度も買い換えるものじゃないから、間に合わせじゃなくてきちんとした上等なものを一つ買っておいた方がいいかもしれない。だってほら、こんど美智子さんとオペラに行くときに着て行かなきゃいけないからね......と、あれこれ写真を見ていたら、シンプルなラインで着まわしがききそうなすてきなショートコートを発見。あ、これなんかいいかも、もうすぐバイトの最後のお給料も入るし、購入リストに入れておこうかしら?と値段を見ると十七万八千円と書いてあります。うっ、じゅうななまんか......さすが家庭画報、手強いわ。バイトのお給料ではとても足りないわ〜とがっかり。でも待てよ、バカンス中のさんたさんにお願いしたらひょっとしたら届けてくれるかも? と思ってもう一度よくよく見てみたら――。


ゼロを一つ見落としていました......。


この「ちょっとしたお出かけコート」はひゃくななじゅうはちまんえんだったのです。


はははは......。我が家の愛車、スバル・プレオ君とほぼ同額だわよ。まあ、ガソリン代かからない分「ちょっとしたお出かけコート」の方が安上がりかしらね。はははははは......


というわけで、ツクバネーゼとこりのセレブマダムの道はやはり遠く険しいのでありました。世の中にはプレオと同じ値段のコートを着て「ちょっとしたお出かけ」をするセレブがいらっしゃるのですね。いったいどこまで行くんだろう。叶姉妹と一緒に試写会にでも行くのだろうか。


この繁盛医院のドクター夫人もこういう「ちょっとしたお出かけコート」を買っちゃったりするのだろうか。言っておくけど、私はこの病院では5年来のお得様。ドクター夫人のコートのボタン一個分くらいは私の医療費なんだからね。心して着るように!!


■追記■
コメント欄で指摘されたように、上記の日記は、お医者さん(ひいては医療関係者)の、極めてまっとうな医療行為に対して、あたかも暴利をむさぼっているかのごとき描写でした。下品な偏見に基づく傲慢な心ない文章だったと反省しております。気分を害された方々に深謝いたします。すみませんでした。