筒抜け美容室

ある日、オットが
「ねえ、とこりが行っている美容室には男の客って来る?」
と訊いてきます。
「うん、けっこう来るね」
「女性客の中に男が一人で混じって浮いたりしてない?」
「ううん、全然。若いインターンの子をからかったりしてなじみまくっているよ。それに男の客が2,3人ってこともあるし」
「ふーん」
「なに?美容室に興味あるの?」
「いや、最近、人前で話をする仕事が増えたからさ、なるべくソフトな印象を与えたいんだよね。この髪型もいい加減飽きてきたし。髪型をちょっと変えてイメチェンでもしてみようかなと」
「お、いいねえ。だってあなたって、もう10年以上も同じ髪型だもんね。行きつけはいっつも『しゃれ床SUN』(安くて早いが取り柄の駅前理髪店。カット2000円)だし。美容室のサービスってすごくきめ細かくて肌質に合わせてシャンプー選んでくれたりするから、あなたみたいな敏感肌の人にはいいかもよ。コーヒーも出るし、若くて可愛いアシスタントの子がマッサージしてくれるし」
「......じゃあ、行ってみようかな、美容室。でも全然勝手がわからないなあ。このあたりで予約の取りやすくて、男性客でも気兼ねしないで入れる親切な美容室ってどこだろう?」
「私が行っているところでいいじゃない。家から歩いていけるし、店の雰囲気は明るくてアットホームだし、スタッフはみんな可愛いし。店長さん、すごく腕がいいのよ」
「じゃあそこ行ってみる」
「いっしょに行こうか?」
「アホか。一人でこそっと行ってくるよ」


というわけで、オットがヨワイ34才にして美容室デビューすることになったのでした。


それから数日後。生まれて初めて美容室でカットしてもらって柳葉敏郎みたいな頭になって帰ってきたオット。


「お、いいねえ。イメチェンだねえ。どう?美容室もなかなか悪くないでしょ?」
と褒めてあげたのに、オットは
「まったくいい恥かいたよ!」
とご機嫌斜めです。


なんでも担当した店長さんに
「初めてのご来店ですよね? どなたかのご紹介ですか?」
と訊かれたので
「ええ、うちの連れ合いがずっと通っていて、いい店だよって言うんで」
「お連れ合い? どなたかしら?」
「あのー、とこりっていう......」
としぶしぶ打ち明けると、
「ああ! とこりさん! あの刈り上げの! そうするとあなたが噂のダンナさんですか!」
「え? 噂って......」
「とこりさん、いつもダンナさんの話してくれるんですよ〜。ダンナさん、すっごく整理整頓好きなんですってね。洗濯物を乾す時、洗濯ばさみの色を揃えてグラデーションにするんでしょ? いやあ、そうですか、とこりさんのダンナさんですか〜。わははは」


そのあとも、シャンプーの人やらドライヤーの人やらに
「とこりさんのダンナさんなんですか〜」
「いつもお話聞いていますよ〜」
などと口々に言われて真っ赤になってしまったのだとか。


「なんで初めて行った美容室の店員がボクの洗濯物の乾し方のこと知ってるんだよ。いったいとこりは美容室で何をしゃべっているんだ??」


いやあすまんすまん。私ってさー、「間」恐怖症なのよね〜。人と会話していてちょっとでも間が空くと「あ、この人退屈してるんじゃないかしら? 私のこと『つまんない人だな』って思ってるんじゃないかしら? ヤバイ! なんか面白い話をしてつながなきゃ!」っていう強迫観念に駆られちゃうのよ。だから言わなくていいことまでついしゃべりすぎちゃうみたい。そんなときに格好のネタになってくれるのがオットなのよね。


「こんどからネタ代とるからね!」と、ご立腹のオット。いやあすまんかった。でも、昨日も自分で予約とってまた同じ美容室に行ってきたみたいだし、ほんとはまんざらでもないのかも。来月は「オットの流水解凍ネタ」を披露しておくからね!