寂しいヒトヅマを貫くモノ

私、とこり。36歳。結婚9年目のオットと二人暮らし。とくに悩みごともなく、そうかといって、胸をときめかせる刺激もない、単調な日々を送る、ごく平凡な人妻です。さしあたっての心配事がないというのは、まあ、幸せな生活なのでしょう。夫婦仲も悪くはないし。退屈だなと感じることはあっても、そんな日々に疑問を感じることはありませんでした。そう、今日の夕暮れまでは。


今日は月曜日。冷たい雨のそぼ降る朝、オットは6時40分の電車で10日間の出張に出かけました。


これから10日間、にわか1人暮らし。こんなに長い間離れているのなんて、結婚以来初めてじゃないかしら?


今日はバイトもお休み。家の仕事は午前中に済ませ、お昼過ぎには時間をもてあましちゃいました。ぼんやりDVDを見たり、お菓子を作ったりしているうちに、もう夕暮れ。考えみたら、今日はオットを送り出してから一度も他人と口をきいていないわ。誰も私を訪ねてこなかったし、私も誰とも会わなかった。


そう気づくと、突然襲ってきた空虚感......。私って、ほんとひとりぼっちなのね。誰も私のことを必要としていないのね。最近のオットは仕事に夢中で、私のことなんかどうでもいいみたい。私がどんな服を着ていようがどんな髪型をしていようが、全然関心ないみたいなの。だから平気で10日間も家を空けてられるのよ。私なんかいてもいなくてもいいんだわ。私なんか、私なんか......。


夕闇とともに高まってくる焦りと孤独で、胸がずきずきしてきました。暗くなっていく窓の外の景色を眺めているうちに、胸の痛みがなんだかとてつもなく捨て鉢な気持ちに変化してきたんです。そう、なにか取り返しのつかないようなことをして、自分で自分を傷つけてみたい。オットを裏切ってみたい。「おとなしく貞淑な妻」という仮面を脱ぎ捨ててみたい......。そうよ、心に空いた穴はカラダで埋めるしかないんだわ。


私、以前から心に引っかかっていた、ある「冒険」を試してみたくなったんです。


日がとっぷり暮れる頃、私、決心しました。そして、かちゃかちゃとネットで検索して、ある番号にたどり着きました。そして、思い切って電話しちゃったんです。


電話をとったのは女の人でした。私、恥ずかしかったけど、隠さずに目的を言ったの。冒険したいと。どうしてもどうしてもこの心の隙間を埋めたいと。お金で解決できるならそれでもいい。とにかく、今すぐ、なんとかしたいんです、って。言っているうちに、なんだかヘンな風に興奮しちゃって、手足が火照ってきちゃったの。


「じゃあ、予約を入れておきます。お急ぎですか? こちらにすぐ来られますか?」
「ええ、ええ、伺います」
「お金、かかりますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫。手持ちのお金をかき集めればなんとかなるはず......」


実行に移すまでは随分悩んだけど、いざ動き出すといろんなことがあっけなく決まってなんだか拍子抜けしちゃった。でも決まったからにはもう突き進むだけ。私、お風呂に入って、新しい服に着替えて、ドキドキしながら、ある雑居ビルの一室に向かいました。


その部屋にいたのは初老の男性でした。白くて、狭くて、冷たい、四角い部屋に、私と、その人と二人きり。私の時計の秒針の音が聞こえるくらい、静かだった。


彼は部屋に入ってきた私を一瞥してこう訊きました。
「初めてですか?」
「ええ」
「怖い?」
「少し......」
「怖いならやめておきましょうか? まだ引き返せますよ」
「いやよ。やめないわ。だって、決心したんですもの」


私の答えを確認すると、彼は小さくうなずいたわ。あとはどうなってもいいと、私、固く目をつぶったの。かちゃかちゃと金属音がする。彼、いろんな器具を出してきてなにか準備をしているみたい。どうしよう、すごく変なことされたら??? でも、もういい。どうなっても。


準備を終えた彼は、私の耳元で言ったわ。
「大丈夫だよ。痛いのは最初だけだからね。いいかい、いくよ」


ズブリ!


いやーーーん、痛い。


「ほうら、もう一発、いくよ」


ズブリ!


ああっ、貫かれるう〜〜〜*1


私の体の 小さく柔らかい部分に、固くて冷たいものが貫かれた。しかも一度に2回も......。私、うっすら涙が浮かべてしまったの。貫かれた箇所は薄赤く染まり、ずきずきと熱を持って疼いていた。


あとはなにがどうなったかわからない。いわれたとおりのお金を払って、逃げるようにその部屋を後にしたわ。


ごめんなさい、オット。私、取り返しのつかないことをしてしまった。私の体に刻み込まれた傷は、もう二度と消えることはないのよ。結婚9年目、初めての裏切りだった。後悔と、そして小さな達成感......。もう私は、いままでの私じゃない。







てなわけで、先ほど皮膚科でピアスをあけてきました。いててて。注射も歯医者も大嫌いな私ですが、美しくなるために、耳たぶに穴をあける痛さを我慢しちゃいました! どうよ、私の女力(おんなりょく)もずいぶん向上したと思いませんか?


いや、それにしても痛かった。いまでもあの診察室での一瞬を思い出すと冷や汗が出ちゃう。化膿するといけないから2日間は洗髪はしちゃいけないんだって。よかった、お風呂入っておいて。


痛い思いしたけど、おかげさまでピアス穴は無事貫通。初老の皮膚科医は親切に細かくアドバイスしてくれました。これから一週間はこまめに患部を消毒してきっちりケアしなきゃいけないけど、一ヶ月もすればあれこれピアスを取り替えて耳元のおしゃれが楽しめます。うふふ、楽しみ〜。そうそう、来年は結婚10周年。オット、sweet10ダイヤモンドのピアスを買ってねん♪

*1:出典・「愛ルケ」冬香