涙のバースデー

日記をお休みしていた間の出来事をいくつか。


5月4日は私の誕生日でした。毎年誕生日にはちょっとしたプレゼントをもらって、PCやケータイに「おめでとうメール」が何通か来て、近所のレストランに行って松竹梅だったら竹くらいのランクのディナーを食べて......というのが定番だったのだけど、37歳にもなると「欲しいなあ」と思っていたものはたいてい自分で買っちゃうし、オットと二人でそろってかしこまってディナーに行ったとしても、高いシャンパンをあけて「37歳になっても君は出会ったころのままだね。その美しさに幸あれ。乾杯」などと気の利いたセリフを言ってくれるわけでもなく、そもそも近所のプチおしゃれレストランなら、ディナーよりランチに行った方が随分とお得だし、薄暗い店内でオットと二人で向かい合ってもたいした会話があるわけでもありません。家でテレビ見ながら普通にご飯食べてたほうがなんぼかリラックスします。大人になると、ちょっとしたプレゼントも、おしゃれディナーも「誕生日じゃなくてもできること」になっているから、誕生日に寄せるスペシャル感というのも希薄になりがちなんだなあ。


だから、いつもはしつこいくらいに「もーう いーくつねーるーとー たんじょーびー」とアピールしていた私ですが、今年はほんとにあまり関心がなかったのです。覚えててくれりゃいいや、くらいに。


誕生日当日は10時から17時までバイトでした。
帰り際に「帰りに缶ビール一本買ってきて。安いのでいいから」とオットからケータイがかかってきたので、「まあ、お誕生日だし、軽く一杯やるのかしら。しかしビール一本ってずいぶんショボいわね。しかも私がビール飲めないの知ってるくせに」とちょっとムッとしつつ、言われたとおり缶ビールを一本と自分用に缶チューハイを一本買って帰宅しました。


帰ってみると、オットがキッチンで大車輪でなにか作っています。え?なに?なに?なにしてるの?
とのぞき込もうとすると、まあまあいいから君は先にお風呂でも入っていなさい、と、なかなか手元を見せてくれません。


えー、なんか作ってくれるのうれしいなあ♪と言いながら、お風呂に入って着替えてテーブルに向かうと
「まずはこれでもつまんでいてよ」とオットが一皿目を出してきました。



茹でダコに軽く粉をはたいてガーリックソテーにしたものと生のアスパラガスとマッシュルームにパルミジャーノチーズを削ったサラダ。


うわーなにこれ。すごくきれい!! 冗談でもお世辞でもなく、盛りつけもきれいだし、塩こしょうの加減もちょうど良く、簡単だけど、けっこうしゃれた一皿です。私、こんなしゃれたおつまみ作ったことないよ.....と、ちょっと感動してたら、これでも開けて飲んでなよ、とキーンと冷えたボトルとグラスを持ってきます。普段は「ワインは酸っぱい」と言ってほとんど飲まないのに、こんな銘柄どこで覚えたんだ。


私が買ってきたビールでオットも一杯やるのかと思ったら「ボクはまだやることがあるからね。もうちょっと待ってて」とオットはキッチンに戻ってしまいました。


その次のお皿はこれでした。

鶏もも肉のハチミツ風味焼きキノコ添え


「これさ、ほんとは合鴨の肉で作るらしいんだけど、鴨の肉ってスーパーに売ってないのな。どこで手にはいるのかわかんなかったからとりあえず同じ鳥だしいいか、ってことで無難なチキンにしてみた」
オットが我が家のガスオーブンを使ったのはこの日が初めてだったそうです。


すごいよ、うまいよ、きれいだよ! ねえねえ、ひょっとしてこれって私への誕生日プレゼント? いつから計画してたの? どれくらい準備したの? どこでレシピ探したの? とあれこれ質問する私に「まあいいから食べててよ。まだメインがあるんだから」


そして私が買ってきた缶ビールをプシュっと開けたオットは、コンロの上で美味しそうな湯気を立ていたスキレットにそのビールをどぼどぼと注ぎ始めました。ふたをして待つこと数分。出てきたのは本日のメイン。



アサリとプチトマトのビール風味パエリヤ


「今朝、とこりがバイトに出かけてから、とこりの本棚に腐るほどあるレシピ本の中からできるだけ工程が単純で失敗なく作れそうなものをピックアップしたんだよ。それから買い物メモを作って買い物に行って、とこりが帰ってくるころにちょうどチキンが焼き上がるようにしたんだ。とこりにはいっさい手伝わせないつもりだったけどパエリヤに入れるビールを買うのを忘れちゃって、しょうがないからそれだけお願いしたんだ。参考にした本が

ワインパーティーをしよう。 (講談社のお料理BOOK)

ワインパーティーをしよう。 (講談社のお料理BOOK)

こういう本だったから、コースの組み立て方もワインの銘柄も全部パクリ。思ってたより時間かかんなかったよ」


と、ようやく一緒に席に着いたオットの説明を聞きながら、私は感動で胸がじーーーん。いつしか涙がぽろぽろと。


「な、なんで泣くの?泣くほどのことか?」と驚くオットに
「だってさ、だってさ、わたしなんか25歳であなたとつきあうようになるまでずーーーっとずーっと男の子から相手にされなくてさ、私に優しくしてくれる男の子なんて誰もいなくて、もてない自分にすっごいコンプレックス感じていて、いつも寂しくて寂しくてひがんでばかりいてさ。いまだってスタイル悪いし、要領悪い割に悪知恵ばかりは妙に働いて性格悪いし、いつもなにかに不平ばっかり言ってて、内助の功だって皆無なのにさ、こうやって朝から準備してくれてお料理作ってお誕生日お祝いしてくれる人がたった一人でもそばにいてくれるってことが、ほんとに奇跡みたいで......あたしなんかのためにあたしなんかのために......生きててよかったよ......ほんとに......

うわあああん(号泣)」


ワインの酔いも手伝って、感極まってマジ号泣してする私。あまりにも長い間しゃくりあげて泣いている私に「あ、あの、そんなたいそうなことでは......てゆうか、そんなに不遇の青春でしたか......」とやや引き気味のオット。



チキンのローストはこんがりジューシイに焼き上がっていて、付け合わせのキノコに肉汁が染みてたまらないおいしさ。ビール風味のパエリヤはほんの少し芯が残っていたけど、ビールの苦みと香りが味にコクを与えています。涙と鼻水でぐじゃぐじゃになりながら夢中でほおばり、ワインをぐびぐび。


デザートまでは手が回らなかったんだ、と言いながらバニラアイスに熱いエスプレッソをかけたアッフォガートで、にわかシェフ・オットのバースデーディナーは終了。ほんとにほんとにありがとう。生きてて良かったよ......あ、こうやって思い出しただけでもまた涙が......


しかし、ほんのちょっとレシピを見ただけでこれだけ手際よく作れるなんて、君、かなり才能あるかも。盛りつけなんか私よりきれいだし。これからもちょくちょくやってくれるとうれしいなあ!
「いいや、こういうのは年に一回だから価値があるの」
とオットは言います。


ありがとう、オット。どんな最高のレストランのフルコースより、あなたのちょっと芯の残ったパエリヤの方がずっとずっとおいしいから!


ほんとは、最後のデザートと一緒に「はい、これはプレゼント」とジュエリーショップの小箱かなんか出てくるのかとほのかに期待してたんだけど、そこまでは欲張りすぎってもんですね、はい。どこまで強欲なんだ私。


なにはともあれ、37回目のバースデーディナーはいままでで一番思い出深いものになりました。来年が楽しみだなあ!!早く38歳になりたい!!