お熱いのがお好き

手術直前・直後は緊張のためにまったく食欲が出ませんでした。手術前日の夕食は重湯とスープ。生ぬるい重湯と固形スープをお湯で溶いたようなうっすーーーいスープがプラスチックのお椀にわびしくよそってあるのを前にしたときは、まさに「ザ★病院食!」という感じで、いやが応にも心細さと不安が高まりました。うえーん、手術怖いよう、おうちに帰りたいよう......


手術直後は点滴やら酸素マスクやら導尿やら血栓防止のフットマッサージやらの管が身体中につながれていて、傷口は痛むわ寒気はするわ頭がぼーっとするわで、どんな食事が出てなにを食べたのかまったく覚えていないのですが、術後2日くらい経って、酸素マスクが外れ、導尿の管が外れるようになって身体の自由が利くようになってくると、食欲方面への興味が戻ってきました。とにかくヒマなので考えることといったら食べるもののことばかりなのです。


術後3日目くらいまでの食事は、おかゆと、いったいなにをどういう割合ですりつぶしたのか全然わからないペースト状のおかずでした。胃腸に負担を与えないためか、味付けはかなり淡泊、というか味はついていないに等しい。絵の具をおかずに障子のりを食べているような気がしました。手術後の体力の落ちた状態でベッドの中でもそもそ食べる病院食がおいしいはずもないのですが、なによりわびしいのが、運ばれてくる食事がどれもこれもさめかけているということでした。


私は料理の温度にはかなり神経質な方で、冷たいものはキーンと冷たいうちに、あたたかいものはほかほか湯気が立っているうちに食べないと食べた気がしないのです。なのに、朝昼晩運ばれてくるおかゆもペーストもみんな絶妙に気持ちの悪い生ぬるさなのです。おかゆは私は嫌いじゃないのです。あつあつで湯気がほんわりたっている白かゆなら、たとえおかずが梅干し一個でもおいしく食べることができるのに、このどうにも微妙な生ぬるさ。プラスチックのお椀から生ぬるい障子のりのようなおかゆをすすっていると、身も心もわびしくなって涙が出そうになってきました。


ううう、なにか味のあるものが食べたい、噛みごたえがあるもの、いやいや贅沢は言いません。とにかくなにかあたたかいものが食べたいっす!!


――と、わびしい気持ちで食事のことばかり考えていたら、術後4日目の昼は、なんと! カレーライスが出たのです! おおっ、カレーだ! しかも主食がおかゆから普通の白米になっている! ちゃんと噛めるご飯だ、しかもガツンとカレー味! ようやく人間らしい食事ができるわん♪ 一気にテンションあがった私はケータイについていたカメラで写真まで撮ってしまいました。


写真を撮りおわって、やっほーい、いっただきまーーす♪ と、ニコニコしながらスプーン山盛りにカレーを頬張ったとたん







残念!!!!




あのさー、カレーって、どんな味オンチでも料理嫌いでも、誰がどんな風に作ってもそこそこの味になる奇跡のような料理じゃない? 小さなお子様からお年寄りまで、ありとあらゆる年代の皆様に受け入れられるニッポンジンの国民食じゃない? そうだよねえ!?


この日のカレーをどのように表現したらいいのでしょうか。まず生ぬるい。これはもうあきらめているから許す。にんじんとジャガイモと玉ねぎに火が通っていない。にんじん・ジャガイモというかたい根菜がガリガリするというのならまだしも、玉ねぎまガリガリするのはどういうこと?
そして、肉が入っていない。入っていたのかもしれないけど私のお皿には肉らしいものはひとつもはいっていなかった。そして致命的なのは「味がない」ことだったのです。ありえない。だって、見た目は黄色くてどろっとしていて「ワタクシ、カレーですよ〜」とアピールしているのに甘くもなければ辛くもない、強いて言えばうすしお? そして遙か遠くの彼方から「私たちカレー粉の存在を忘れないで〜〜」というかすかな声が聞こえてくる程度。


誰が作ってもそこそこの味になるカレーをここまでまずく作るのはある意味かなり高い技術だと思われます。逆にカルチャーショック。期待にふくらんでいた私のボインちゃんはあっという間にシオシオノパー。期待が大きかっただけに失望は深かった。ぬるくてまずいへなちょこカレー。こんなもので私の貴重な空腹を埋めなくてはならないなんて......。


やっぱ病院なんて長居する所じゃないっすよ。もしもまかりまちがって、また入院する羽目になったらそのときは、お醤油とソースと電子レンジを持ち込もうとかたく心に誓ったのでした。というか、もう二度と入院したくない。自分の家で、ほかほか湯気の立つお料理食べていたいわ。