痛いのイヤン

自他共に認めるビビリンの私。小さい頃の予防接種のたぐいは、先に済ませた子一人一人に「痛かった? 痛かった?」と確認せずにいられず、自分の番を一番最後まであとまわしにして、それでも怖い怖いと泣きながら逃げ回り、しまいには看護婦さんに押さえつけられながら接種してもらっていたクチです。注射全般ダメ。血液検査でカミソリでチクっ、もダメ。歯医者なんか待合室にいるだけで血圧が下がるくらい大嫌いです。それどころか、お医者さんでのどをあーんするときに使う木のへらを口に入れるのも得意じゃない。必要以上にえづいてしまってうえーーってなります。私は長年究極の肩こりに悩まされ続けているのですが、どんなによく効く鍼治療の噂を聞いても「ハリ? ムリムリムリ!」と選択肢には入れません。まあ、子どもの頃はそれでもよかったけど、三十路も後半になったいいオトナがいまだにそんな調子なのは困ったことです。


そんな私も故あって入院・手術。入院前の事前検査では試験管3本分くらい採血されるわ(具合が悪くなってベッドで休む)、婦人科でありえない器具に乗せられてありえない格好でありえないくらい痛い内診されるわ(マジ泣いた)、MRIで地獄の底のような騒音の中20分間も拘束されて発狂寸前になるわで、寿命が15年くらい縮まるほどの疲労コンパイぷり。めっきり白髪が増えました。入院前でこんなに消耗するのに実際に入院したらいったいどうなっちゃうんだろう、手術の前にビビリで死ぬんじゃなかろーか。


さらにさらに、手術を控えてむさぼり読んだwebの体験記では
「手術前日の浣腸がつらい」「剃られる」「ぶっとい点滴が痛い」「硬膜外麻酔といって背中にカテーテルを入れる麻酔が痛いし怖い」「導尿の管が痛い」......等々、「痛い」「怖い」の情報ばかり目についてしまい、いったいなにされるんだろう、どうなっちゃうんだろう、痛いよ、怖いよ、お母さん助けて〜と、病気の猫みたいにしょんぼりしていたのです。


手術前日に麻酔科の先生から「硬膜外麻酔」の説明がありました。全身麻酔と硬膜外麻酔を併用することによって術後の痛みが驚くほど軽減されるとのことですが、なんと言っても麻酔の入れ方が怖い。背中をエビのように丸めて背中に穴を開け、脊椎の間の所に

「硬膜を破る一歩手前で針先を止め(熟練を要します。)硬膜外腔(こうまくがいくう)という脂肪で満たされた部分に局所麻酔薬を注入します」

とのこと。「熟練を要します」ってわざわざ書いているあたりが、「失敗することもあるけどあしからず」と言われているようで怖い。
それよりなにより「背中に穴を開けてカテーテルを通す」という過程が想像するだに恐ろしい。穴ってなにで開けるんだろう? ドリル? 錐?......恐ろしげな説明に頭がくらくらしていたら、ドクターが「なにか質問はありませんか?」と訊いてきたので、私は正直に「私、痛みのストレスにものすごく弱いんです。背中から麻酔を入れるってものすごく痛そうだし怖いです。暴れるかもしれない。できれば手術室に入る前にさっさと全身麻酔かけてもらって意識不明のままあれこれ処置してくれると助かるのですが」とお願いしてみました。ドクターはにっこり笑って「いやー、無理ですね。硬膜外麻酔を入れるときは患者の意識がはっきりしていることが前提なんです。なにか間違いがあったら困りますからね」とのことでした。意識が明瞭な段階であんなことやこんなことをされるのか......あ、私、もうダメ......。
この恐ろしさを紛らわすために強いアルコールでフラフラになるまで酔っぱらたった状態で手術室入りしたかったのですが、もちろん飲酒は厳禁。それなら強い精神安定剤眠剤でも飲んでワケわかんなくなってたほうがいい......と思ったのですが、安定剤はクセになるので極力お出ししていないんですよ、と言われてしまいました。*1現実逃避の手段をすべて奪われ、ますますおびえる私。私のような想像力豊かなビビリンがシャブ中とかアル中になっていくんですね。


手術前日の夜、看護婦さんが「浣腸しますね」と大きなぶっとい管を持ってやってきました。ああこれが噂に聞く浣腸か。あのぶっとい管をつっこまれるのか......。
「浣腸って痛いですか?」
「いいえ、ちゃんとゼリー使うんで痛くないですよ」
「ずいぶん液がたくさんありますよね。どれくらいの時間がかかるんですか?」
「30秒くらいですかね」
「三十秒も???いやいやいや、ムリムリムリ。私、日頃からお通じに不自由したことないんで浣腸なんか必要ないですよ。いいですよ、浣腸なしで」
「いや、でもこれは決まりですから」
とうとう観念してお尻を出して横たわる私。恐怖を紛らわすためにipodの音楽を最大音量にしてかたく目をつぶります。生まれてからいままでの美しく懐かしい思い出が走馬燈のように頭をよぎります。さようなら、なにも知らずにいた、無垢な頃のあたし......


......生まれて初めての浣腸、きつかったです。処置されて1分後にはトイレに駆け込み、未だかつて経験したことのないような修羅場を見ました......。


術前の点滴を持ってドクターがやってきます。
「この点滴は普通の点滴と違って針がちょっと太いからね」
とドクター。やだもう、よけいなこと言わなくていいのに〜。
「それ、痛いですか?」
「まあ、普通に痛いよね。針だから」
「どれくらいの間点滴してるんですか?」
「これは術後2日くらいまでそのままかな」
ああ、二日間もこの針入れたまんまなのか......しかも普通の針より太いのか。、何かの拍子に針が折れたりしたらどうするんだろう、血がどばーって出るんだろうな痛いだろうな、やっぱ手術やめようかな。おうち帰ろうかな......とあれこれ悩んでいるのに、このドクター、なかなかの猛者で、私が痛いの怖いのとぐずる前にさっさと左手の甲に点滴の針を入れてしまいました。ああっっっっ、なんてことを!心の準備がっっ!


とまあこんな調子で、何か処置をされるたびに
「それは痛いんですか?」
「痛いとしたらどれくらい痛いんですか?」
と確認ばかりしているので、私担当の看護師さんは、処置する前に必ず
「はい、とこりさん、これから○○しますよ。これは痛くないですよ」
「○○しますよ。これはほんのちょっとだけ痛いです」
と親切に教えてくれるようになりました。その小さな親切がありがたかったです。というか、そんな心配までされてしまう自分が情けなかったです。


入院のはなし、もうしばらくつづく。

*1:眠剤は前日の夜だけもらいました。