お父さんのプライド

西川きよしが娘の結婚式で号泣。


涙もろいことには定評のある西川きよし。婚約記者会見を見たときから、「式ではさぞかし盛大に泣くんだろうなあ」と思っていたのだけど、案の定、宍戸錠


そりゃあね、30年間、手塩にかけて育ててきた娘が嫁ぐんだもの、親としては感無量でしょう。泣くよね、普通。まあ西川きよしの場合は、大勢いる取材陣への営業サービスという面も多少ならずともあったとは思うが。


我が子の晴れ姿を前に、親が、特に男親が人目をはばからずに涙を見せる場面を見るにつけ、思い出すのが私の父親のことだ。私の父は、なぜか愛情表現に非常にストイックな人で、自分の家族に対して、「甘やかす」「猫かわいがりする」ということの絶えてない人だった。家族サービス、マイホームという言葉がキライで、学芸会などを見に来ても「よくできたね」とほめることはめったになくて「あそこをああすればもっとよかった」「練習不足だ」とか難癖ばかり付けていた。舞台に上がった子供の姿を夢中になって写真に撮る、ということもほとんどなかった。


「よーし、今日は日曜日だからパパと一緒にピクニックだ!」「わあい、パパ大好き〜」「パパ〜、ボクとキャッチボールしてよ」「よし、わかった。さあ来い」「わあ、パパ、やっぱりすごいや」「ははは。坊主、早くパパを追い越すんだな」「私、パパみたいな人と結婚する♪」とかなんとか、絵に描いたようなホームドラマ的団らんというものを経験したことがない。


では、父は、人付き合いの下手な偏屈な性格なのかと言えば決してそんなことはなく、客好き、話し好きで、年がら年中家に客を招いては酒盛りをする極めて社交的な性格。客前での父は、率先して話題を振り、場を盛り上げ、あれこれと気を配る、これ以上ないほど明るく親しみやすい優秀なホストである。それなのに、どうして家族に対してはあんなに無愛想なんだろう......と、幼い頃はかなり不満だった。もっともっと、家族とふれあって欲しかった。大事にして欲しかった。かわいがって、甘やかして欲しかった。お客さんよりも世間のつきあいよりも、家族を、家庭を優先して欲しかった。


しかし、西川きよしの滂沱の涙を見ていると、家族の前では決して内面を見せずに、いつも苦虫をかみつぶしたような顔ばかりしていた父の姿が反射的に思い出され、あれはあれで父の美学なんだろうなあと思ったのだった。今なら、ほんの少し、父を理解できるような気がする。


親が自分の家族・子どもを思って流す涙には、誰も否定することができない圧倒的な「正義」を感じる。親が子を思って泣く、それはスバラシイことであり、美しい愛情表現であり、感動的なものであ〜る。そうそう、おっしゃるとおり、そのとおり。家族愛、親子愛、ばんざーい!


――けど、あたりはばからず、無防備に家族への愛情を表出し、むしろそれを誇っているかのような人を見ていると、「家族への愛」という大看板をぶらさげてはいるけれど、これって、つまりはエゴだよなあ......と思ったりもする。


今回の西川きよしの涙もそうだけど、親としての、誰はばかることのない無防備な愛情表現には、「この涙は愛する子どもを思っての涙だ!文句あるか!」「俺は子どもを、家族を愛してるんだ!文句あるか!」「この世で一番大切なのは家族だ!文句あるか!」というような、無言の圧力を感じる。夏のオリンピックの時の、あたりはばからず娘の京子を熱狂的に応援しまくるアニマル浜口とかさ。「京子、がんばれ、がんばれ〜〜〜〜!!」って、わかった、わかった、あんたが娘を大切に思っているのはわかったから! と逆ギレしそうになる。反論や異論を差し挟む余地のない、圧倒的な正義・道理に対して無意識に反発しているのかもしれない。


高校生になって、太宰治の小説を読んでいたら、「家庭の幸福は諸悪の本」という言葉につきあたり、これ、うちのお父さんのことじゃん、と、今まで不可解に思っていた父の態度が、いちいち腑に落ちたような気がした。父も太宰と一緒で、家庭人としての自分、家族への愛をおおっぴらに表出することに人間のエゴを感じ、大きなためらいを感じてしまう、かっこつけのへそ曲がりだったんだろう。


もちろん、父は父なりに、家族も家庭も愛してくれていた。愛していたんだろうけど、彼の目指すものは、「家庭の幸福」だけじゃなかったのかもしれない。父の理想はもっと別の所にあったのか、あるいは「俺の理想は『家庭の幸福』(などという女々しいもの)であるはずはない」と思いこもうとしていたのかもしれない。常に自分を制御し、スタイリッシュであろうとした父の奮闘ぶりを想像するとなんだか滑稽で、ほほえましくも思うのである。


父が自分を押し殺して、制御してまで守りたかったものっていったい何なんだろう。いつまでそんなプライドを守り通す気でいるのかしら? あなたにとって家庭とは、家族とは、いったいどんな存在なの?


今度実家に帰ったら、父と酒でも酌み交わしてそんな話をしてみたい。「父と子の腹を割った語らい」なんて、父のもっとも苦手とするところだろうからきっと実現しないだろうけど。


でも、私の結婚式では、ちょびっと、5秒くらい泣いてたよね、お父さん。