口腔の本厄

こんにちは。10年ぶりの歯医者から無事帰還したとこりでございます。


しかし、あれだね、最近の歯医者はすごいね。べっくらこいたよあたしゃ。
家から歩いて5分ほどにある新設の歯医者さん。玄関に「○○歯科」と看板こそ掲げているものの、一歩待合室に入ると、そこはまるで高級マンションのモデルルーム。インテリアはすべて柔らかいホワイトで統一され、ソファやサイドテーブル、くずかごに至るまでかなり慎重にチョイスしたとおぼしき高級感。部屋のあちらこちらにスタイリッシュな器に入ったアクアリウム。天井のBOSEのスピーカーからはエンヤっぽいヒーリングミュージックが流れ、正面の液晶画面には美しい海のイメージ映像が映し出されています。受付の女性はモーニング娘。のオーディションなら書類選考くらいは通るかも? というくらいニコニコと愛想のよいかわいこちゃん(死語)で、応対は丁寧かつフレンドリー。「これからここで痛いことするぞ〜怖いぞ〜泣くぞ〜でも容赦しないぞ〜」というような威圧感は全くなし。


初診であることを告げ、問診票にちょこちょこ書き込んで、緊張を和らげるため「週刊女性」の「雅子さま宮内庁内で孤立の悲哀!」という記事をむさぼるように読んでいたらほどなく私の番になりました。通された診察室がこれまたおしゃれ。幼い頃には死刑台にも見えた診察椅子は、カッシーナかアルフレックスかと思ってしまうくらいおしゃれなデザイン。椅子のすぐそばにはmacがおいてあって、そこでもヒーリング系の映像&音楽がゆったりと。うーん、なんてすてきな空間なんでしょう。ここは歯医者じゃなくてカフェか? 


しかし、どんなにおしゃれなインテリアでも、癒し系のBGMでも、愛想のいい受付嬢でも、私の恐怖はごまかされません。なんてったって私には「親知らずを抜く」という命をかけたミッションがあるのですから。瞳を閉じると、でっかいやっとこを持った憤怒の形相の歯医者がギリギリグリグリと口の中をかき回し、えいえいえいと引っこ抜くイメージがちらついて、なんにもされないうちからおしっこちびりそうになりました。


やって来た医師は、私と同世代の小柄な男性で、非常にソフトな印象。物腰もソフト、声もソフト。「ドクターソフト」と命名することにしました。この様子だとやっとこを持って私を追いかけ回すようなことはしないはず。しかし半袖のシャツから伸びた2本の腕には手のひらまで剛毛がもじゃもじゃ生えていて、そこだけがソフトじゃなかった。黒々と渦を巻く剛毛がビミョーに私の恐怖心を煽ります。


親知らずの状態をチェックするためにレントゲンを撮ると、ドクター・ソフトは「うーん、確かに下の方の親知らずは真横向いちゃってますねえ。虫歯にもなりかけているし......これは抜くべきでしょうねえ......でも、痛くてたまらないからいますぐ抜きたい!ってわけでもないんですよね?」
と、なんとなく「抜くぞ!」という気合いがイマイチ見られません。聞けば、私の親知らずの根っこは顎の神経にごく接近しているので、何かの拍子にその神経を傷つけてしまうおそれがあるのだとか。「この病院では『神経を傷つけた場合』のフォローが万全とは言えないので、虫歯や歯周病の治療はこちらで済ませて、そのあと大学病院の口腔外科に紹介状を書くのでそこで抜いてください」と言われてしまいました。こ、口腔外科......


「外科」という響きでさらにおしっこちびりそうになる私。外科っていったら、メスとかのこぎりとか針とか糸とか、輸血とか心電図とか、なんかものすごーく大げさなことになるようなイメージがあるんだよね。
「大丈夫ですよ。口腔外科は親知らずのスペシャリストですから、最新の技術で最小限の痛みできっちり抜いてくれますよ。最近は局部麻酔の他に鎮静剤も使うので、抜いている最中の痛みなんてないに等しいですよ*1


そ、そうか、スペシャリストなのか。痛くないのか。それなら口腔外科でもいいや。スペシャリストなんだからな、しっかりきっちり仕事してくれよ。頼んだよ。痛くしたら殺すからな。


「それにとこりさんの親知らずは、もう半分頭が出てきているんでそんなに難しくないと思います。まず最初に出てきている部分の歯を削り取って、それから切開して根っこを引き抜くことになるでしょうね」とドクター・ソフト。



削る......切開......引き抜く......
そんなオソロシゲなコトをしておきながら痛くないなんてことはあり得るのか。これは壮大な罠なのではないか。みんなで私をだましているのではないか?? まあそれはともかく、「いますぐ抜かなくてもいい。抜くのは虫歯の治療が終わってから」と、とりあえずの執行猶予がついたことでかなり気持ちが軽くなった私。


10年間歯医者にご無沙汰していた間に軽度の虫歯が3本できていました。それから、歯周ポケットが深くなり始めているのできれいに歯石を取って歯周病ケアもしていくことに。今日はまず下の歯の歯石取りから行うことにしました。


抜歯の苦しみに較べたら、歯石取りや虫歯をちょちょっと削るのなんかヘでもないわ。どんどんじゃんじゃんやってくれ。遠慮しないでいいよ。と気前よく口をあんぐりと開けたら......



歯石取り、痛いよ!!


なんだよ、あのくの字に曲がった注射針みたいな器具は! 歯石取りってこんなにハードなものだったの? あんなので歯周ポケットをグリグリされるなんて聞いてないよ! 私が「うぐっ!」とか「げげっ!」とうめき声を上げるたびに、ドクター・ソフトは、すぐに作業を中止して「だいじょぶですか〜? ゆっくり、そーっとしますからね」と気遣ってくれたんだけど、どんなに優しくしてもらっても、痛いものは痛い。もういい歳した大人だから我慢したけど、ほんとは声あげて「おかあさーん」と泣きたかったです。涙と鼻水とよだれが同時に出るわ、背中から足の裏まで冷や汗でびっしょりだわで、ほんと疲労困憊しました。一気に白髪が増えたような気がします。


歯石取りだけでこの騒ぎなら、本命の親知らず抜きの暁にはどんなめくるめく苦痛が待ち受けているのでしょう。執行猶予は付いたものの、抜歯のことを考えると今まで以上に憂鬱です。なんで私がこんな目に遭わなければならないの? 親知らず、上下左右4本も! いらないのに!


今年、36になる私は本厄です。厄払いにはまだ行っていませんが、これからしばらく続く歯医者がよいがここ数年でもっとも大きな厄災のような気がしています。歯石と親知らずといっしょに厄も抜け落ちてくれるといいんだけど。

*1:大変なのは麻酔が切れてからなんだけど