タイタン雑感

2,3年前からちょっとした「土鍋でご飯を炊きましょう」ブームです。食関係のアンテナが敏感な人なら一度は聞いたことがあるでしょう。スローライフ系の雑誌などでしょっちゅう特集が組まれているし、最近ではちょっとしたスーパーにも「炊飯土鍋」を見かけるようになりました。


私は趣味でパンも焼くけれど、実のところは「三度の飯より米が好き」。パリッと炊きあがったご飯と上手にお出汁を取った大根のみそ汁、甘辛醤油味の煮物、ほうれん草のおひたしなどが食卓に並ぶと、つくづく「あ〜、ニッポンジンで良かったあ!」と思うのです。ですので、「炊飯器より断然美味くなる!」と評判の「土鍋炊飯」には以前から興味がありました。友人にも「土鍋で炊いたメシはうまいよ! 炊飯器と全然違うから! だまされたと思って試してみ?」としょっちゅうすすめられていました。


さらに我が家は少人数家族。義父もオットも男性にしては小食な方ですので、一回の食事で炊くご飯の量は二合がせいぜい、それでも毎回余って冷凍しています。うちの炊飯器は五合炊きなので、少量炊くのはなんとなく不経済なような気もします。ほんの少し残ったご飯を長時間「保温」にしていても不味いしね。


私たちのような少人数家族こそ「土鍋でご飯」なんだそうです。小さめの土鍋で炊けば、一合二合のお米ならものの15分で炊きあがるし、大きな炊飯器で少なく炊くよりずーっとおいしくなるのだとか。


なるほどねえ、おいしそうねえ......と思いつつも、生まれてこの方炊飯器でしか米を炊いたことのがなかった私、ガスの火加減を見ながらご飯を炊きあげるなんて、ものすごく高い技術を要するような気がして敬遠していたのです。


しかし、こないだ、鍋料理で使い終わった土鍋を洗っていたときに「飯炊きくらい、昔は小さなこどもでもやってたんだものね。私に出来ないはずはないわ」と思い、やっと挑戦してみる気になったのでした。


まずは手順を確認しましょうと、「土鍋でご飯」をググると、あるわあるわ、山のような情報量です。いやあ、ほんとにブームなんですね。どのサイトも「土鍋ご飯」を大絶賛しています。絶賛のポイントは主に以下の4点。

  • 炊飯器より早く炊きあがる(火にかけている時間は20分足らず)ので経済的
  • 美味い
  • 少量でもきちんと炊ける
  • お焦げが美味い


これは試してみない手はありません。いろんなサイトの情報を整理・統合して自分なりの勘でやってみました。

  1. 米をとぎ、ザルにあげて水気を切って土鍋に移し、30分以上浸水させる
  2. 土鍋を強火にかける
  3. 5分ほどでふわーっと噴き上がってきたら火を弱め、中〜弱火で10分前後
  4. 火を止めて15分蒸らしてできあがり


難しいのは火を弱めてから火を止めるまでのタイミング。のぞいたサイトによって中火で5分だったり、とろ火で10分だったりとまちまちなので、混乱しました。なにせ「土鍋ご飯」は「絶対に途中で蓋を取らない」が大大大鉄則。炊けてるかどうかの見極めが非常に難しいのです。とりあえず噴き上がってくる蒸気のにおいを嗅いで7分半くらいで火を止めました。


15分蒸らしていよいよ蓋を取ります。



炊きあがりです。「ヤイタン」じゃなくて「タイタン」ですね。


一か八かの勘の火加減でしたが、思いの外うまく炊けました。鍋底には香ばしいお焦げも出来ていて感激。


食べてみて一番違うのは炊きあがりの香りです。直火の威力でしょうか、とにかくお米が香ばしいのです。水分の回り方も違うらしく、いつものご飯よりモッチリ感があります。美味い。確かに美味い。なるほどね〜、こりゃあみんなが絶賛するわけだわ。


土鍋でご飯は確かに美味い! やったね、土鍋マンセー。よおし、これから我が家は毎日土鍋でご飯だわ! と固く心に誓ったのかと言えば、ちょっと違うのです。


考えてみれば、私たちの親の世代までは電気炊飯器なんてものはなかったわけで、どの家庭でもご飯を炊くときはすべて土鍋(というかお釜)で、火力とにらめっこしながら炊いていたわけです。ガスではなくて、竃と薪で炊いていた家も多かったと思います。昔の日本人はみーんな現在私たちが絶賛する「土鍋ご飯」を普通に食べていたのです。


ところが、高度経済成長期になって「三種の神器」として電気炊飯器が登場すると、あっというまに日本中の家庭が電気炊飯に鞍替えしました。当時の電気炊飯器なんて、現在みたいな多機能機とは違ってスイッチの「入」と「切」ボタンだけ。タイマー機能も保温機能も蒸らし機能もなんにもなかったでしょう。もちろん炊きあがりのクオリティは、「土鍋ご飯」の足元にも及ばなかったと思います。生まれたときから「土鍋ご飯」の味に慣れきっている人々にはその差がはっきり分かったはず。なのになぜ、人々は雪崩を打って電気炊飯器にシフトしていったのか?


だってそうでしょう? いま、あちらこちらで「土鍋ご飯」が絶賛されているように
電気炊飯器より早くて
電気炊飯器よりうまくて
電気炊飯器より経済的
なら、電気炊飯器のメリットはなんにもないってことになるじゃないですか? なんのメリットもないのに、わざわざまずく炊きあがる炊飯器にするわけないものね。


実際に自分で炊いてみてわかったのですが、土鍋ご飯の最大のデメリットは「ガス口が一つふさがる」ということと、「炊いている間は目が離せない」の2点です。そしてあちらこちらで喧伝されているほど時間の短縮にもなっていないような気がします。確かに火にかけてから炊きあがるまでは20分前後と早いですが、浸水に30分、蒸らしに15分ですから、電気炊飯器と較べても大差ないでしょ?


限られたガス口で、おかずとみそ汁と同じタイミングで炊きたてのご飯を出すのは大変です。みんなが食卓に向かう時間と全ての料理の調理にかかる時間を逆算して手順を組み立てなければなりません。しかも、スイッチ一つで炊きあがる炊飯器と違って、土鍋ご飯は火にかけたら20分前後はガス口のそばから離れられません。これ、大変ですよ。今日までに3回土鍋ご飯でお夕食にしましたけど、ずいぶん緊張しました。まあ、慣れていないせいもあると思いますが「飯炊き」というのはずいぶん「段取り力」が試される作業だなあと痛感しました。夕食時の忙しいときに20分土鍋の前に拘束されるのはかなりのプレッシャーです。


人々がお釜から炊飯器にシフトしていったのはこの20分間の緊張から解放されたかったためでしょうか? 「20分間の拘束」は、圧倒的な炊きあがりのクオリティの差を乗り越えてしまうほど大きかったのかな? 


現在の炊飯器はずいぶん進化しました。現在うちで使っている炊飯器は、保温・タイマー機能はもちろんのこと、お米の固さも「ふっくら・ふつう・かため」と調節でき、すし飯も玄米もおかゆもお赤飯も炊けます。土鍋ご飯ほどではないけれど、炊きたてはふっくらとしていておいしいし、2,3時間ならしっとりとしたまま保温してくれます。どれもこれも「お釜で炊いたご飯の味」を目指して進化を続けてきた結果。炊きあがりの時間を決めてスイッチを入れておけば、火加減を気にすることなく上手に炊きあげてくれる電気炊飯器の魅力はやはり捨てがたい。


私は食いしん坊だし、手間をかけた料理が嫌いではないから、時間に余裕のあるときは土鍋で炊くけど、それは多分に趣味的要素が強く入った作業になります。ル・クルーゼの鍋で豆を煮たり、天然酵母でパンを焼いたりするような、ああいう感覚。手間をかければそれだけおいしくなったような気がするし、自分の調理作業がなんだかすごく充実したような気がします。そう、「気分」なんですね。本当にご飯が好きでおいしいものが好きな人はもちろん毎日土鍋でご飯を炊くのでしょうけど、この「土鍋ブーム」、私と同じように「気分」に左右されている人もかなりいるんじゃないかしら? 


......なーんて、思いかけずいろんなことを考えてしまいました。釜で炊いたご飯の美味さを捨てて、私たちは何を手に入れたのか?とか、そして今盛り上がっている「土鍋でご飯ブーム」の意味は?とか、このブーム、本当に定着するのか?とか。 


それはともかく、ブームにのっかって「お釜で炊いたご飯の味」に近づくように一生懸命進化してきた炊飯器をないがしろにするのは、なんだか寂しいような気がします。すっごく良く出来た機械だし、いままでさんざん世話になってきたんだものね。上手に併用していこう。