年金生活者の朝

父・66歳、母63歳。
両者とも年金生活。借金もないし、さしあたっての心配事もないし、ボロ家だけど持ち家もある。若い頃かなり苦労した二人が、ようやく迎えたのんびりした日々。さぞかし悠々自適な生活を楽しんでいるかと思いきや、母は週に一度くらいの割合で私に電話をかけてきて「年金生活になったら、たくさん遊ぼう、旅行に行こう、趣味を見つけようと張り切ってたんだけど、遊びと趣味だけの生活なんて三日で飽きちゃう。つまんないわ。やっぱり仕事がしたい。するべき仕事がないっていうのはほんとにきついわ〜」と愚痴を言う。私なんか、週に4日、一日5時間のバイトでも「めんどくさー! もう辞めたい〜。一日家でグーダラしたいよ〜」って思ってるのに、「ほんとにあんたは贅沢ね。働かせてもらう場所があるだけでもありがたいと思わなきゃ。お母さんがそっちに行ってあんたの代わりに働きたいくらいだわよ」と言う。親子なのにこうも性質が違うのか。


そんな母からさっき電話があった。


今朝のこと。母はいつものように一時間の早朝ウォーキングを終え、さっとシャワーを浴び、パンをトーストして、卵を焼いて、牛乳とコーヒーを淹れて、父のために「LG21ヨーグルト」を出してきて朝食のテーブルを整え、階上で寝ている父に「おとうさーん、朝ご飯よ〜」と声をかけた。


父はいつものように、のそのそ起きてきて、テーブルについて、母にコーヒーをついでもらった。そしてなにを思ったのか
「いつもありがとう」
とぼそっと言ったのだそうだ。


結婚して40数年。食事を作って「ありがとう」なんて言われたのは、そのときが初めてで、あまりに唐突な言葉に、母はしばらくぽかんとして、それから大声で笑ってしまったのだとか。
いきなりケラケラ笑い出した母に、父は最初はむっとした顔をしていたのだけど、やっぱり一緒になって笑い出して、朝食の食卓で10分くらい、二人で涙を流しながら笑ったそうだ。


「年取って弱気になってるのかしらね〜。いきなり『ありがとう』なんて言うんだもん。どんな顔していいのかわからなくて、ほんとに笑うしかなかったのよ〜」
と母は電話口でもくっくっとおかしそうに笑いながら私に報告した。


40年目にして初めて「ありがとう」が聴けた母と、言えた父。なんだかんだ言ってもやっぱり夫婦だよなあ。まあ、少々遅すぎではあるが。