「お取り寄せ」の安心

ちょっとした集まりがあり、年輩の奥様方とランチをご一緒する機会がありました。
場所はマクロビオテック・レストラン。その奥様方とは初対面だったのですが、

「いいわねえ、こういう自然食って。お野菜はもちろん無農薬・有機栽培なんでしょ? 玄米も上手に炊けているわあ」
「主人が糖尿の気があるって言われてから、食べるものには気をつけるようにしているのよ。うちではもう5年くらいずーーっと玄米」
「うちは雑穀米を使っているの」
「うちはお野菜はぜんぶ宅配の有機野菜よ」
「白いお砂糖なんかずっと使っていないわねえ」
などの会話から奥様たちの並々ならぬ「食」に関するこだわりがうかがい知れます。


「お宅はお野菜はどうしているの?」
と、聞かれたので、
「無農薬・有機栽培農家から宅配してもらっていたこともあるけど、夫婦二人だと持てあましてしまうんですよね。うちは外食も多いし。だから今は、ふつうにスーパーで買うことが多いです。野菜やお米はなるべく○○○で買うようにしてるけど」
と答えました。


○○○というのは、市内で一番大きな農産物の直販所です。農業が盛んな土地だけあって、地元の農家で朝採りされた新鮮で質の高い旬の野菜が豊富にあって、しかもリーズナブルな値段なのでとても人気があるのです。土日などは大変なにぎわいです。


それを聞いた奥様Aが
「あの直販所、評判がいいので行ったことあるのよ。でも、農薬使っている野菜がおいてあったのでがっかりしちゃったわ。うちじゃ無農薬・有機栽培の野菜しか食べないから」
奥様Bも同調して
「そうよねえ。農薬使っているんじゃあねえ」
と言います。


確かにそこの直販所の野菜は「無農薬」ではありませんが、低農薬のものがほとんどです。葉物には虫食いの穴があるし、根菜にはべったり土が付いています。その辺のスーパーで買うよりずっと新鮮でおいしいのになあ。無農薬・有機と比べてどこが違うんだろう? 


さらに話の中で、私がパンを焼くのが趣味だと言ったら、
「どんなパンを焼くの? 天然酵母? 国産小麦?」
と聞いてきます。
「国産小麦もたまに使いますけど、私は白くてふわふわのパンが好きなんで、もっぱらスーパーカメリヤ使っていますね。天然酵母にも興味はあるけど、せっかちなんでドライイーストです」
というと、あきらかに失望したような顔で
「輸入小麦はポストハーベストが怖いじゃないの。この辺には天然酵母専門のパン屋さんがないから、私はパンも国産小麦100%、天然酵母のものだけを宅配で取り寄せているのよ。しみじみ味わいがあっておいしいわよ。」
と言います。


国産小麦も天然酵母もヘルシーできちんとした食材です。けど国産小麦は水分量の調節が難しく、上手に焼くにはちょっとしたコツが必要です。天然酵母は、種おこしに数日、発酵には半日〜1日かかります。温度管理も大変です。味わいは確かに独特の風味がありますが、正直なところ、大変な時間と手間がかかる割には、ふつうのパンと圧倒的な違いはないと思っています。
自分で種を起こしてゆーっくり発酵させて......というのんびりしたプロセスを趣味的に楽しむのならいいのですが、パン焼きは毎日のことだし、私はそこまでこだわる意義をあまり感じません。


でも、このこだわり派の奥様は
「とにかく野菜は有機・無農薬! パンは天然酵母! ご飯は玄米!」というポリシーがあるようで、農薬とか輸入食材、化学添加物などに対する強い抵抗を感じました。農薬使っている=ダメ! 輸入小麦のパン=問題外って感じ。


農薬ってそんなにワルモノなんでしょうか? 輸入食材=毒なのかしら? そりゃあ「無農薬・有機」って書いてあればそれだけおいしくてヘルシーなイメージがあるし、「国産」って書いてあれば安全なような気がするけど、それはあくまでもイメージであって、しっかりと科学的な根拠をどこまで把握してるんだろう。どこまで自分の目で、舌で確かめているんだろうか。


そもそも、そんなに食にこだわっているんならパンくらい自分で焼いてみればいいのに、と思いました。粉と水と酵母を合わせてこねて発酵させて成型してまた発酵させて焼いて......。国産であろうが輸入物であろうが、パンを焼くすべての過程を経験してみないと、ほんとうの食材の良し悪しなんかわかりません。ドライイーストのパンも、オーブンから出したばかりのものをがぶりとほおばれば、宅配で届く、冷凍の天然酵母パンよりずっとおいしいと思うんだけどなあ。


最近、農業をはじめた父が言っていました。
「自分でやってみて初めて農薬や化学肥料がいかに効率的で農作業の手助けになっているかがよくわかった。自分たちは道楽でやっているからなるべく農薬を使わないようにしているけど、ある一定の収入を得なければならないのなら、農薬や化学肥料に頼らざるを得ないだろう。無農薬・有機で農業をして、それで食べていけるようになるのは大変なことだよ。ほんとうに農業というのは難しいよ」


私はパン作りが好きだから、街のパン屋さんで、朝早く起きて、発酵時間や焼成時間を調節して一日に何種類ものパンを焼き上げる労力はある程度想像できます。だから「天然酵母使っていないから、輸入小麦使っているからダメ!」とはどうしても言えないのです。


無農薬・有機の野菜や天然酵母のパンをネットで注文して宅配してもらって、「やっぱり他のものとは違うわねえ」「私は食にこだわっているのよ」と悦にいるのもいいけれど、自分で手をかけてみないとわからないことって、たくさんあるんじゃないのかなあ。安全も安心も他人任せじゃ、コンビニ弁当を買うのとそんなに違わないと思うんだけど......。


そんなことを思いながら、「無農薬・有機食材だけ、こだわりの調味料を使った」マクロビなランチを食べていたのでした。マクロビ食はいつも味付けが物足りなくて欲求不満になるのですが、それは私の舌が「こだわりの食材」に慣れていないせいなのでしょう。