麻布十番と十五円五十銭

昨日、のりピーのりピーの大合唱のテレビに辟易して、掃除をしながらのんびり聴いていたTBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」。番組中の名物コーナー「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」が始まったところでした。


公録場所はどこかの餃子屋さん。経営しているのはコリアン系のご主人。


毒蝮「この餃子屋さん、ここで始めて長いの?」
ご主人「そうですね。この場所にきてからはまだそんなに長くないです。ここの前はアジャブジュバンに店があったんですよ」
毒蝮「え?どこだって?」
ご主人「アジャブジュバン」


ここで毒蝮、大爆笑。


麻布十番のことね。アジャブジュバンだって。がははは!」と、ふたたび爆笑。店内に集まっている人々もつられて爆笑。
「アジャブジュバンでどうしたの?」
「え〜、最初はアジャブジュバンでお店開いたんですけど……」
「アジャブジュバン! がははは! も一回言って」
「アジャブジュバン」
「あっちの人はざじずぜそが言えないんだよね。アジャブジュバンだって。フランス語みたいじゃない。がははは! も一回言ってみて」


店の来歴の話はどこへやら、毒蝮は、しつこくしつこく、ほんとにしつこく店主に「アジャブジュバン」と言わせて、そのたびに大笑いしていました。欽ちゃんや最近のさんまもそうですが、ベテラン芸人のつっこみってくどいんですよね。


いたたまれずラジオのスイッチを切りました。日本語が母語でない人(しかも素人)の発音やイントネーションを公の場でせせら笑う無神経さもさることながら、相手がコリアン系だということに配慮がなさすぎます。毒蝮くらいの年齢の人だったら、日本と朝鮮半島がどのような過去を背負っているか知らないはずないだろうに。


95歳になる義父は、関東大震災の時の話をよくしてくれました。震災後の混乱のなか、憲兵や自警団が歩き回り、不審だと思われる人物を呼び止めて「十五円五十銭と言ってみろ」と詰問していた光景をよく覚えているそうです。朝鮮系の人々は「ガ行」「ザ行」の発音が日本人と同じようにはできないから。


当時、「じゅうごえんごじゅっせん」とうまく発音できなかった朝鮮人が、どんな目に遭ったか、どんな恐怖にさらされていたか、毒蝮氏は知らないのでしょうね。知っていたら、そんな無神経なことはできないはず。


毒蝮氏は知らなくても、「アジャブジュバン」と言わされたコリアン系のご主人は知っていたかもしれません。自分の両親、祖父母からそういう歴史を語り伝えられているかもしれない…。当時の屈辱や恐怖を覚えていて、死ぬまで忘れない、忘れられなかった人たちが大勢いるのに。


私の考えすぎでしょうか? あるいは、ご主人はその場の雰囲気のままに、なんの屈託もなくおどけて「アジャブジュバン」と繰り返しただけで、にこやかにお店の宣伝をして、楽しく放送は終わったのかもしれないけれど、私は恥ずかしかった。抗議の電話をかけようかと思いました。


ラジオのリスナーには高齢者が多いそうです。在日の人もいるだろうし、日本語が母語じゃない人もいるでしょう。日本人がコリアン系の人に何度も「アジャブジュバン」と言わせて、そのたびに大笑いしている様子を放送で聴いて、どんな思いを抱いたでしょうか?生放送だから仕方のないハプニングなのかもしれないけれど、実に気分の悪い場面でした。「ノリ」じゃすまされないおふざけです。まむちゃん、嫌いじゃないんだけどね。