キチントパスタ

パスタの命はアルデンテである。


アルデンテ。長すぎても短すぎてもいけない、その黄金の瞬間。極東の島国である我がニッポンでも、イタリア料理の基本中の基本「アルデンテ」の重要性が広く認知されて久しい。イタリアとはなんの縁もゆかりもない私ではあるが、この鉄則を守り通すため、パスタを茹でるときは必ずキッチンタイマーを使う。ゆであがる1,2分前は鍋の前を動かない。タイマーを無視してもダメ、タイマーに依存しすぎてもダメ。その日の気温、水温、塩加減、その他様々な条件によってアルデンテの瞬間は微妙に変化するものだからだ。


今日の昼食は、アサリをワインで蒸して、アンチョビとガーリックで風味を付けたスパゲティだった。使うパスタはDE CECCOのNO.11と決まっている。袋に表示されているゆで時間より、心持ち短めに、そう、我が家のパスタ鍋なら7分25秒あたりが黄金のアルデンテにゆであがるタイミングだ。


ぐらぐら煮えたぎったお湯にパスタを投入。アルデンテまでの7分25秒の間に、アサリを蒸して味付けをしてソースを作っておく。アサリはアサリでこれまた繊細だから、あまり長時間火にかけすぎると身が縮んでうま味が抜けてしまう。アルデンテの瞬間とソースがちょうどいい具合にできあがる瞬間がほぼ同時であることが重要。


間に合わせの材料で作る超簡単な料理であるが、ソースの味付けがイマイチでも、パスタさえ上手にゆであがっていればそこそこおいしく食べられるのである。パスタは、一にも二にもアルデンテ。


だから私は、パスタを茹でているときは宅配便が来ても無視するし、電話も取らない。どんなにトイレに行きたくなっても鍋を火から下ろすまでは歯を食いしばって我慢するのだ。イタリア人も真っ青の気合いである。


そんな細心の注意を払ってゆであげたDE CECCOのNO.11。素早くソースのフライパンに移して、ちゃっちゃと混ぜて少しゆで汁を足して、オリーブオイルも振りかけて、塩胡椒で味を調えて、ボンゴレビアンコ・とこり風の完成である。さあ、できたてを召し上がれ。


パスタはゆでたてを食べるのが一番。私はエプロンも取らずに、食べ始める。ちゅるるん。(゚Д゚)ウマー
半分くらい一気に食べて、


「うーん、今日のパスタは最高! 麺を上手にゆでるとどんな味付けにしてもおいしいねえ。どうよ? 今日のお味は?」
と隣に座ったオットに同意を求める。
するとオットは
「待ってよ。まだ食べてないんだから」
と言う。見れば彼は、いまだパスタには手をつけず、アサリの身を丁寧に一個一個殻から外す作業に没頭しているのである。


NO〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
 そんなコトしている間にせっかくのパスタが冷めちゃうじゃんよ? 麺がどんどんのびちゃうじゃんよ! 香りが飛んじゃうじゃんよ! なにやってんのよまったく!


「だって、食べながらいちいち殻を外すよりも、最初に一気にむき身にした方が効率的でしょ?」


だーかーらー!!! 効率とか合理的とかそんなことよりも、ゆでたての一番おいしい瞬間を食べることの方が大事でしょうが!!! 私がなんのためにおしっこガマンしてパスタ茹でたのか、わかってる?


キチント君&段取り君のオットは、食事もキチント段取りたてて召し上がるのである。アルデンテもなんのその。食欲より効率を重んじる男。目の前で湯気を立てているアルデンテの麺より、アサリの殻剥きの方が大事なのである。恐るべしキチント君。


いやあ、すまん、私が悪かった。長年夫婦をやっていながら、君のその性格を見極めていなかった私のミスである。今度はもっと効率的に食べられるようにアサリのむき身で作ってあげるからね。


......てゆーか、


カロリーメイトでも食べてればあ!?


ああ、失われしアルデンテの瞬間......。ごめんね、イタリア人。